空を見つめて、 風にのって流れる雲を目で追いかけて、届かないかな、とか手を伸ばして。いまどき小学生でもやらないようなことを繰り返して、昼休みの暇な時間を潰す。最近はどうしても食事がうまいこと喉を通ってくれない。同じユニットの二人やクラスメイトと一緒にいる気にもなれず、早々誰も来ない校舎裏で薄汚れた壁に背中を預けてただひたすらに空を眺めている。こんな日々をはじめて早二週間。まだ自分から動くのは怖い。でもだからって、子供に語るような童話のお姫様じゃないんだ。自分に都合のいい王子様なんて、やって来てはくれないんだ。
■おうじさまなんていない
「こんなとこでなにしてんの、なずにゃん」
突然に掛けられた言葉に振り向いたなずなの、柘榴石みたいな瞳がその存在を捉えると同時に名を呼ばれる。 ずっと無心で上を眺めていたから、接近されていたことにも気づいていなかった。
「なんだ、泉ちんか……」
己を呼んだ声の主が気心の知れた幼なじみだったとわかったなずなは、途端に警戒を解く。力なく細められた双眸には、疲労の色が見てとれた。
「なんだとはなにさ。そんな辛気くさい顔して、どうしたの?」
泉はなずなの金の髪を片手でかき混ぜながら、お前に拒否権はない、否が応でも答えさせると言外ににおわせつつ隣に腰を下ろす。
「どうしたもなにも、おまえならもう既に知ってるだろ。いろいろと。」
余り自分の口からは言いたくないようで、遠回りな言葉を選んで口にする。地面に放り出していた両足を畳んで抱え込む。目を伏せたなずなの頬に長く揃った睫毛が影を作る。
「うん。知ってる。」
うちの王さまも、壊れちゃったみたいだし、と。何でもないことかのように言ってのける泉の瞳には、何がうつっているのだろう。誰よりも世界の醜い場所に近づいていたはずなのに、そのふたつの水晶玉は冬の朝の空よりも澄んでいる。
「そういえば、そうだったな」
自分のこと、自分達のことでやっとだったのが、ふっとなんとなく恥ずかしくなって、泉の肩口に額を擦り付けた。
「ちょっとやめてよ、くすぐったいでしょ」
悪態をつきながらも無理矢理振り払ったりはしないで、優しく髪をといてくれる。そんな泉の不器用な優しさに甘えてる自覚は確かにある。
でももう少しだけ、あと少しだけ、ほんの僅かでいいから、その優しさに甘えさせてはくれないだろうか。
口には出さない、口には出せない。秘密のお願い。
おれはおひめさまじゃないから、おうじさまなんてこない。
でも、それでもどうか、ぶきようで、だけどだれよりもたよれるきしのとなりにいることを、すこしだけおゆるしください。
(おまけ)
「てゆーかさ」
「なに」
「喋っていいの?なずにゃん」
「いいよべつに。……他に誰かいるわけじゃ、ないんだし」
なずなは元々から抱え込んでいた膝を更に深く抱き込む。
「ふぅん」
なずなの髪に触れる泉の手は変わらない。
「俺なら、いいんだ?」
「……泉ちんは、昔から知ってるし、それに」
「……それに?」
「あぁっもう!なんでもない!」
慌てたように、焦ったように。頭を撫でる泉の手を振り払ったなずなの頬は真っ赤に染まっていた。
気に入ってはいるんですけど今読むと文章が下手でびっくりしちゃう(2020/12)初出:20160427