目次

砂糖漬けの

何もない日の、筈だ。
少なくとも、自分はこの日に何かあるとは記憶していない。
なのになんだ、この人は。
何の為にこんな休日に俺の家へと訪ねてきているのだろうか。
「で、なんの用ですか?」
身長は彼の方が俺よりも幾許か上なのだが、今は玄関の段差があって俺が見下ろす形になっている。
「んー、お前に会いに来ただけ。」
そう言ってへらりと笑う彼。
その姿に少し、ほんの少しだけドキリとしてしまう俺も、もう手遅れなのかもしれない。

(砂糖漬けの・終)

ページの一番上へ↑

ころせない

寝てい彼の首筋に、つ、と指を走らせる。
病的なまでとはいかないが十二分に白いその首は、自分の片掌だけで絞め殺せるのではと錯覚してしまうほどに細く、儚げで。
確かに生きていることを証明するかのように、僅かに上下しているそれに、そっと、両の掌を重ねてみる。
このまま力を加えれば、コイツは俺の、俺だけの、

(…だめだ)

起こさないように、手を除ける。
…除けようと、した。

「…首、絞めないんですか?」
寝起きのとろんと潤んだ双眸と視線がぶつかる。
涙で妖しくひかるその瞳に、思考が鈍る。
未だ首にかけたままだった俺の手に、小さなその手が重なる。
「きみだけのものには、してくれないの?」

揺らぐ。
心の臓が耳元にあるみたいに、鼓動が、どく、どく、と響く。
だめだ、だめだ、だめ、だ。



ふ、と息を吐いて、首から手を下ろす。
手を下ろした俺を、きょとんと見つめる。
そして俺の行動が意味することを理解したのか、上体を起こして、
「この意気地なし」
そう、拗ねたような口調で言いながらも、口元に笑みを湛えたりなんてするから。

(やっぱり、俺には君を)

(ころせない・終)

ページの一番上へ↑

早朝の

午前4時前。外はまだ少し薄暗いのだが、どうしても目が覚めてしまった。
自分が寝ていた隣を使われた形跡は無いので、同居人はまだ帰ってきていないのだろう。
深い意味は無いができるだけ静かにベッドをおり、リビングへ向かう。
ひんやりと冷たいドアノブを回す。
ガチャリと無機質な音がして、扉が開いた。

当然というべくか、リビングの電気は点いておらず真っ暗だ。
しかし、すー、すー、という規則的な寝息がソファのほうからわずかに聞こえる。同居人は既に帰ってはいたみたいだ。
静かに、ソファに近づく。
残業だったのか、帰ってきてから着替えもせず、眼鏡すらも外さずにそのままソファに倒れこんだみたいだ。
起こさないようにそっと眼鏡を外してから、前髪を掻き分ける。
絹糸のような黒が、指に絡まる。
額をなぞられたのがくすぐったかったのか、重そうに瞼をあげた。
「あ、悪ぃ。起こしちまったか?」
思うように動かない上瞼を持ち上げるように、ゆっくりと瞬きをする。
「あぁ、いや、大丈夫。おはようございます。
…今、何時ですか…?」
起こされたことに大しては何も思っていないようだが、ふと視線を廻して窓の外がまだ薄暗いことに気がついたみたいだ。
「ええと、今は…四時半、ぐらいだな」
壁にかけてあるアナログ時計を見やり、時間を読む。
「そですか…今日は仕事休んでいいて言われたので、昼過ぎまで寝させてください…」
はぁ、と重たい溜息を吐き、再び目を閉じる。
「あ、寝るのはちょっとだけ待って。」
放り出されていた手をとり、指を強く絡める。
ゆっくりと体重をかけていく。
優しく、覆いかぶさるように上体を倒していく。
息がかかるほどに近付いて、視線をからませる。
何も、言わない。
俺は沈黙を肯定とみなし、唇を重ねた。
ソファのスプリングが軋む音と、衣擦れの音。それから、熱のこもった吐息が静かな部屋に響く。

どのくらいの間、そうしていたのだろうか。
唇を離す頃には二人とも息が上がっていた。
「っは…残業明けの上寝起きの相手に対してくっそ長い接吻って…どんな神経してんですかあんたは」
口の端についた唾液を拭いながら、俺を睨む瞳は生理的な涙で潤んでいる。
「とか言って満更でもなかったくせに…」
態と目を逸らして、ギリギリ聞こえるぐらいの小声で呟く。
「ああもううるさいっ!」
俺の言葉一つで耳まで真っ赤にするような、そんなところが特に可愛いのだ、この人は。

(早朝の・終)

ページの一番上へ↑

一部のやつのお題、タイトルはこちらから↓
140文字で書くSSお題

ページの一番上へ↑
戻る